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 渡邉聡明先生を悼む
 
渡邉聡明先生を悼む
 
日本外科学会理事長
森 正樹
 
 平成29年9月29日、日本外科学会第3代理事長の渡邉聡明先生が逝去されました。かねてより病気療養中でしたが、このような結果になるとは、私どもにとって青天の霹靂で、悲しみを禁じえません。渡邉先生には本学会の理事長として取り組みたい課題が多々あったことと思いますが、本当に残念です。あらためて先生のご冥福を心よりお祈り申し上げます。
 
 私は渡邉先生と専門分野が同じで、日頃より接する機会が多かったこと、本学会では先生が理事長に就任された際に、副理事長に指名していただいたことから、大変親しくお付き合いいただいていました。その中で感じたことを記載し、先生のご冥福をお祈りしたいと思います。
 
 先生は平成28年の大河ドラマ「真田丸」で人気となった長野県上田市の出身です。真田氏の居住跡に建っているとされる名門上田高校のご卒業です。先生は英語が堪能ですが、その才能は高校時代からの努力によって花開いたように思います。高校2年生の時に、ホームステイの資格試験に合格し、高校3年生の夏に米国にホームステイされ、英語漬けの生活を体験されています。このことが英語に精通する礎になったと思います。高校卒業後、東大の理科I類に合格しましたが、在籍中に医学部への夢を実現させるべく、理科III類を受験し直し見事に合格されました。学生時代は旅行会社で引率者のアルバイトなども経験し、社会との接点を経験されたことが、視野を広げてくれたと言われていました。
 
 卒業後は東大第一外科に入局し、国立がんセンター中央病院のチーフレジデントなどを経て、東大に復職され、助手、講師、助教授を経て、2006年に帝京大学の教授に就任されました。この間、米国の名門ジョンズ・ホプキンス大学に留学されています。留学時の研究成果をNew England Journal of Medicineで発表され、世界に大きなインパクトを与えました。2012年には母教室である東大腫瘍外科(旧第一外科)の主任教授に就任されました。その後の学会や研究会など学外でのご活躍はご存知の通りです。特に大腸癌研究会では2016年に会長に就任され、日本のみならず世界の大腸癌診療の先導役として活躍されていました。他方、学内でも2013年には東大病院の副病院長に就任され、多忙な毎日を過ごされていました。
 
 2016年4月に第3代目の本学会理事長に選任され、本学会の発展に尽力されてきました。特に就任直後は手術による医療事故など、医療安全が大きな社会問題となっており、その対応に苦慮されていました。2017年の学術集会は医療安全をメインテーマにするべく、学術集会会頭の桑野博行教授と密に相談されました。この目標設定とその実現は、外科学会会員の心を一つにし、全員で医療安全に取り組む姿勢を社会に対しても明確にした点で、特筆すべきことと思います。また、2017年からは、英国外科学会との協定を進め、本学会の若手会員が、英国で1-2年、外科医として勤められるようなプログラムを作られました。日本から若手を募集して、試験をクリアすれば英国で働けるライセンスを得て、給料を得ながら現地の医療を学んでもらえるような内容です。間もなく第一陣の選抜者が渡英の予定です。そうした交流を活発に行い、グローバル化に対応した人材を育てていきたいと希望されていました。その他、外科医の減少についても強い危機感を抱かれ、その対応を熟慮されていました。このように問題が山積されていますので、その解決に邁進する途中でのご逝去は、本当に残念で、悔しく思います。
 
 最後に先生はチャーチルの次の言葉を大切にされておられたのを紹介します。「悲観主義者は全ての好機の中に困難を見つけるが、楽観主義者は全ての困難の中に好機を見つける」。 人生、順風満帆に行くことはなく、そのため何があっても悲観的にならず、最終的には良かったという結果を得られるように頑張るのが大事だということです。お酒を深く飲まれることはありませんでしたが、酒席の最後あたりには、この言葉を言われていました。先生と親しくお付き合いさせていただいたことに感謝し、心からご冥福をお祈り申し上げます。